テニスの神髄と恐怖
公開日:2008年09月04日 | 最終更新日:2008年09月04日
カテゴリー:新しい考え方 | タグ: データ分析, 錦織圭 |
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以前、本ブログで「日本女子テニスは世界強豪国、のはずだ!」という投稿記事を公開しました。ベースは、「sirotona::錦織圭の出現は再現性のない奇跡なのか?」という素晴らしい投稿記事を自分流にアレンジしたものでした。その後、WTA やジュニアの世界ランキングで同じような分析をしています。
その「sirotona」というブログで、またまた素晴らしい投稿記事が公開されました!それは、「sirotona::錦織圭(にしこりけい) 試合分析 全米テニス 4回戦(デルポトル戦)」という記事です。錦織選手のファンではなくとも、その分析の切り口は本当に参考になりますから、本サイトを閲覧して下さっている方々には、是非とも参照してみて欲しいと思います。
上記の公開記事で、私がとても参考になった部分を抜粋して記録しておきたいと思います。
テニスではスコアを見ただけでは試合内容は全く見えないのだ。例えば 3-6 といっても、サービスゲームをとっても 1 ゲーム、レシーブゲームを取っても 1 ゲームであり、その 1 ゲームの中には、ダブルフォルト、サービスエース、リターンエース、相手のサービスゲームでのストロークエース、自分のサービスゲームでのストロークエース、ボレー、主導権を奪い合う前の段階での凡ミス、主導権を握ってからの凡ミス、主導権を握られた上のミス、主導権を握ってからのストロークウィナー、主導権を握られてからのストロークウィナーも同じ 1 ポイントでしかない。これらのポイントをごちゃまぜに合計したものが 3-6 であり、同じ 3-6 でもブレーク数では、0-1 (キープ合戦)、1-2、2-3 (ブレーク合戦) と全く違う内容でもスコアとしては全て 3-6 となってしまうのだ。ポイントの取り方の組み合わせ次第で、最終スコアもころころ変わる。なので 3-6 を見ただけでは内容は何も見えないといっていいだろう。自分が 6-3 で勝てる相手が自分より強い相手に 6-0 で勝っても全く不思議ではない。
上記は、テニスの神髄に関わる内容だと思います。以前、次女の試合でスコアを必死に書き留めていたことがあるのですが、試合内容とスコアが結び付かないことに気がついて、スコアだけを記録することを止めた経験が、上記からまんざら間違っていない、と確認できます。重要なことは、やはりポイント獲得の内容とその経過であろうと考えています。
この試合の分岐点は第 1 セット 3-1 リードの場面で錦織のダメ押しのウィナー、必殺の Air-K (米国メディアが名付けたバスケのダンクシュートを彷彿させるジャンピングフォア)をどこか思い切り悪く打ってアウトした瞬間だったように感じている。あのポイントから突然消極的になっていき、3-1 までの圧倒ぶりが何だったのかという程、突然凡ミスが多発し始めた。これまでなら安心して見ていた場面での凡ミスが量産となった。主導権を握っていながらのミスも多発。一方デルポルトは「待ってました!」というかのように錦織の急落で息を吹き返し、大事な場面ではきっちりと決めてリズムを掴み、いらいらしていた表情が自信の表情に変わっていった。たった 1 球のミスからメンタルを崩していったようにも見えた。
上記は、テニスの怖さを物語っています。たった 1 球で、しかも試合の前半で勝敗を決するようなショットが存在するということ。しかも、メンタル的に崩れてしまう・・・錦織選手でさえそうしたことがあるのですから、ジュニア選手や一般の選手だって、そうしたことが起きてしまうわけです。
意外と簡単なようですが、上記のような明確な分析は、公開されて初めて「な~るほど!」と感じるものですね!

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